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研修の企画、展開、定着

人的資本経営の時代における研修効果測定の意義と手法(前編)

3月25日の日本経済新聞の記事において三菱商事の中西勝也社長が「人的資本は会社経営の一丁目一番地のテーマになりつつある」と述べられました。この言葉を待つまでもなく「人的資本経営」は経営のキーワードとして急浮上しています。

きっかけとなったのは、経産省が2020年9月に発行した「人材版伊藤レポート」ならびに2022年5月の「人材版伊藤レポート2.0」だと言われています。ひとつめの伊藤レポートでは、人事部が人材を管理するような従来のやり方ではだめで、これからは「人材を企業の資本と捉え、その価値を最大限に引き出す」という考え方に転換せねばならないと強調されています。

実は、筆者はこの主張にやや違和感をもって受け止めました。というのも、弊社が支援しているクライアント企業の中で、少なくともこの10年間で「人事の役割は社員を管理すること」などと考えている人に遭遇したことは全くなかったからです。人材担当者の皆様は例外なく「従業員の価値を最大限に引き出す」ことに腐心しておられます。伊藤レポートが唱えている転換はすでに数十年前に起きたことではないかと感じてしまいました。

人的資本が左右する企業の価値

では、この10年間で変わったことは何でしょうか。それは投資家の人的資本に対する関心の高まりだと考えます。これまで投資家は、企業が開示する財務情報を見て投資判断を行ってきましたが、財務情報だけでは、企業の中長期的な価値が見抜くのは難しいことに気付きました。そこで、近年、ESGに代表される非財務情報に注目するという潮流が生まれました。さらに、様々なESG要素の中でも、特に従業員に関連する項目と企業の中長期のパフォーマンスとの間に強い相関関係があることが、多くの研究者や機関投資家によって検証されました。

その代表的事例として「柳モデル」があります。エーザイの最高財務責任者を務められていた柳良平氏(現早稲田大学客員教授)がエーザイについて行った実証研究結果から、「女性管理職比率を10%高めると、7年後にPBR(注)が2.4%上がる」や、「人件費を10%高めると、5年後にPBRが13.8%高まる」等といったことが明らかになっています。
(注:PBR=株価純資産倍率。企業価値の評価指標の1つである)

また、NECも非財務の取組みが企業価値に与える影響を調査しており、非財務要因の中でも人的資本に関する指標が特にPBRに影響を与えていることが判明したと報告されています。

(出所:人的資本経営の取り組みがエンゲージメントに影響--NECのESG活動 - ZDNET Japan

社員研修とカーペット購入は同じか

このように、本来、人材は企業価値の源泉になるにも関わらず、会計上では、人材の確保・報酬・育成などに関わることは全てコスト扱いです。「コスト」として捉えてしまうと「なるべく少ないほうがよい」というロジックになってしまいます。このことについて、ペンシルバニア大学ウォートンスクールのピーター・キャベリ教授は、次のように嘆いています。

「ある社員の価値を向上させるために研修をしたとしても、費用が増加したことにしかならない・・(中略)・・さらに、財務会計が社員の研修や能力開発を駄目にするもう一つの理由が、それに対する支出が他の費用とともに『一般管理費』という極めて広い科目に合算されることである。この多額の支出は、社員の研修費用だろうか、それともカーペットの購入代金だろうか。投資家が興味を抱いてもわからないし、突き止められないのである」

(出所:「従業員は企業のコストではなく『資産』である」DAIMONDハーバード・ビジネス・レビュー2023年5月号)

数字によるエビデンスが求められる

このような状況に対処すべく、日本では、「人的資本可視化指針」が発表されたり、2023年3月期からは有価証券報告書の中に、人材育成や環境整備の方針・指標・目標などの明記が必須になったりする動きが起きてきています。

つまり、人材育成が、投資家が注目するほど経営の前面に出る時代が到来したというわけです。これは人材育成担当者にとっては喜ばしいことであると同時に、その責務が従来にも増して重いものになってきたと言えます。

当面は、情報開示するのは人材育成の総額や従業員一人当たりの研修費といった項目になると見られます。が、もし多額のお金を人材育成に投資しているにも関わらず、業績や企業価値が向上しないようであると、取組みの質が疑問視されてしまいます。人材育成はコストではなく投資と捉える以上、投資でどれほどの効果が得られたのかが問われるということです。今後は、どんな研修を行い、どのように業績向上につなげるのかという、いわゆる価値創造ストーリーを明確にすると共に、その効果を数字によるエビデンスで示すことが必要になってくるでしょう。

そして、当然のことながら、投資家に開示する以前に、研修担当者としても、自分の業務が企業価値向上に貢献しているかどうかを厳しく検証するべきです。これまでのように、他社と比べて見劣りのしない研修ラインアップを揃えたり、受講者の満足度で成否を判断したりするだけでは、自己満足の域を出てないといわれても仕方ないのではないでしょうか。

研修効果を測定するには

研修効果測定手法について、最も知られているのがカークパトリックの4段階の手法です。受講者の満足度、学習の度合い、行動変容の度合い、ビジネスへのインパクトの4つを測ることが提唱されています。その4つに加え、5番目にROI(投資対効果)を加えたものがフィリップス・モデル、6番目に組織風土要因を加えたものがレオネ・モデルと言われています。

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問題は、このような一般的な研修効果測定のセオリーをリーダーシップ開発のようなソフトスキル系の研修にどのように当てはめたらよいのかということです。次回の記事では、ケン・ブランチャード会社が実際にどのように研修効果を測定しているのかを実例をもとにご紹介します。

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