
【事例紹介】なぜ研修は定着しないのか~北米ホンダの実践に学ぶ、「共通言語」を育てる組織づくり
研修で得られた学びや行動変容を現場に定着させ、組織全体の成果(ROI)につなげることは、多くの人事・人材開発担当者が共通して目指すテーマです。
しかし、現場での実践がリーダー個人の行動ややる気に依存している状態では、育成の質にばらつきが生まれ、組織全体の成果につながりにくくなります。
今回の事例紹介セミナーでは、北米ホンダのマネジメント実務において、実際にSLII®とセルフ・リーダーシップを活用しながら組織変革を推進してきた元シニアHRストラテジストのミルズ範子 氏のお話を聞きました。
研修を「点」で終わらせない - SLII®とセルフ・リーダーシップを、職場の共通言語にする
研修を行っても、数日後には日常業務に埋もれ、受講者が元の行動に戻ってしまう。効果が「やってよかった」という感想にとどまり、行動変容や組織成果を数字で示せない。現場に戻った受講者を上司が十分に支援できず、学んだ本人だけが孤立する。さらに、研修内容が組織の共通言語にならず、個人のスキルアップだけで終わってしまう。こうした問題が、企業研修には起こりがちです。
人事、現場リーダー、社内トレーナーという三つの立場を経験してきたミルズ氏が、その「三刀流」の視点から取り組んだのが、上司の関わり方と部下の能動性を組み合わせ、部門全体に共通言語を入れていく構造的なアプローチでした。
上司と部下の双方に、同じ枠組みを入れる
この取り組みに使われたのが、SLII®とセルフ・リーダーシップです。SLII®は、リーダーがメンバーの状態や開発レベルを診断し、それに合ったスタイルで関わるためのモデルです。一方、セルフ・リーダーシップでは、メンバー自身が自分の状態を把握し、必要な支援を言語化して、リーダーに求めていきます。
この二つを組み合わせることで、リーダーが一方的に部下のニーズを推測する「当てっこゲーム」を減らせると、ミルズ氏は考えたそうです。上司は部下に何が必要かを尋ね、部下も自分に必要な支援を伝える。上司だけが部下を理解しようとするのではなく、双方が同じ枠組みを使って対話する仕組みです。
集団の行動変容には、三つの条件がある
この構造的アプローチの背景には、集団行動を変えるための三つの条件があるといいます。一つ目は、シンプルで覚えやすいことを意味する「Sticky」。二つ目は、本人が自分に関係がある、自分にとって得があると感じられる「Relevant」。三つ目は、周囲の言動と一貫している「Coherent」です。この三条件がそろうことで、個人の学びが集団の行動変容につながるとされています。
(出所:NeuroLeadership Institute)
SLII®には、D1からD4、S1からS4という比較的シンプルな枠組みがあります。これがSticky、つまり現場で思い出しやすいことにつながります。セルフ・リーダーシップでは、部下が自分の状態や必要な支援を伝えるため、「伝えることで自分が楽になる」という本人にとってのメリットが生まれます。これがRelevantです。そして、部門全体で同じ理論と同じ言葉を使うことで、職場内に一貫性が生まれます。これがCoherentです。 この三つの条件を実際の施策に落とし込んだものが、「SLII® × セルフ・リーダーシップ × 村ごと研修」です。
なぜ、一人ずつではなく「村ごと」なのか
ミルズ氏が「村ごと」という考えに至った背景には、当時の人材育成に対するいくつかの問題意識があったそうです。
SLII®を学んでいたのは一部の駐在員だけでした。しかし、駐在員は数年で入れ替わり、現地のメンバーは同じ言葉を知りません。ミルズ氏はその状態を、会話の片側だけが知っている「外国語」のようなものだったと振り返っています。
多くの企業が直面しがちな課題として、学習機会が多様化する一方で、必要な学びが本来届けたい層に十分届きにくいことがあります。また、リーダー育成においても、個別の研修だけでは、幅広いリーダー層に共通の考え方を浸透させることが難しい場合があります。だからこそ、学びを一部の人にとどめず、職場全体で共有できる仕組みにしていくことが重要になります。
そこで考えられたのが、一人ずつ研修を受けさせるのではなく、部門単位で一斉に導入する「村ごと研修」でした。従来の研修を「点」、村ごと研修を「面」と捉えたのです。
一人だけが研修を受けた場合、その人だけが新しい言葉や方法を使おうとしても、周囲には共有されていません。そのため、職場で孤立し、やがて元の状態に戻ってしまうことがあります。これに対して村ごと研修では、部門全体が同じ内容を学びます。共通言語を単なる研修コンテンツとしてではなく、職場の「インフラ」として導入したのです。 村ごと研修では、上司と部下の双方に役割があります。上司はSLII®を使い、部下の開発レベルを診断し、その状態に合った関わり方を選びます。部下はセルフ・リーダーシップを使って、自分のニーズを言語化し、必要な支援を自ら求めます。部門単位で行った村ごと研修は現場で機能し、共通言語が根づき始めていたそうです。リーダーと部下の対話の質にも、目に見える変化があったとされています。
研修を、職場の仕組みに変える
共通言語は、一度研修を行っただけでは、時間とともに薄れていきます。そのため、定着を持続させる仕組みも必要だと言うお話もありました。
各部門に共通言語を使い続ける推進役を置くこと、新入社員や中途入社者のオンボーディングに組み込むこと、公開講座や社内トレーナー養成など、組織の規模や予算に応じて複数の学び方を用意すること。こうした仕組みによって、研修を一度きりで終わらせず、日常の中で使い続けられる状態をつくることができます。
ミルズ氏が取り組んだのは、単に良い研修プログラムを導入することではありませんでした。人事、現場リーダー、社内トレーナーという三つの立場から、一人のリーダーの力量や意欲だけに依存しない育成の仕組みをつくろうとしたのです。 上司の関わり方を変えるSLII®と、部下の能動性を引き出すセルフ・リーダーシップを組み合わせ、部門全体に共通言語を入れ、使い続ける仕組みまで整える。研修を「点」で終わらせず、職場全体の「面」に広げることで、学びを個人の成長だけでなく、組織全体の成果へつなげていく。これが、北米ホンダの「村ごと研修」が目指した構造的アプローチだったのです。
ブランチャードには、SLII®を自社内で実施するための認定講師養成制度があります。社内トレーナーを育成することで、外部講師による単発の研修にとどまらず、自社の状況や育成計画に合わせて継続的に研修を実施し、取り組みを組織内へ一気に広げていくことが可能になります。共通言語を定着させ、育成を持続させるうえでも、社内講師の存在は大きな推進力になるでしょう。
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ブランチャード・ジャパン 公認トレーナー
(元北米ホンダシニアHRストラテジスト)
ミルズ 範子 氏
プロフィール: 米国ホンダ技術研究所にて、個人貢献者からチームリーダーに登用された際にSLII®と出会い、その理念を実践し続けた結果、全社2,000チームの中からトップ50に選ばれるハイパフォーマンスチームを率いるまでに成長。「この経験を他のリーダーにも」という思いから、社内SLII®講師として16年間活躍し、組織全体に共通言語をもたらし、現在に至る。
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